sky 会社案内
ツァイス顕微鏡の歴史
イエナ - ゲッティンゲン - オーバーコッヘン - イエナ
動く歴史の舞台
1945年、悲惨な戦争は、ドイツ(そしてヨーロッパ)のイデオロギーによる分割という結末を迎えました。ツァイス社も無理やり2つに分割されるという悲哀を味わうことになりました。

ツァイス社の経営陣と多くの科学者はアメリカ側の地域へ、そしてもっと多くの科学者、設計技師、技術者、職工長がロシアへ連行されました。1947年までにイエナの生産設備は94%が解体され、国外へ運び出されました。

それでも戦後、ツァイス社は再び先を見続けること大切さを、身をもって示しました。それからイエナでの再建を4500人体制で始めました。一方、ヴュルテンベルク地方のオーバーコッヘンでも、250人体制での新しいスタートを切りました。逆境にもめげず、ツァイス社の伝統的な精神は決して燃え尽きてはいませんでした。分割は単にツァイス社を倍に増やしただけだったのです。

top                                     next