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20世紀初頭、カールツァイス社の従業員数は1070人にもなり、その後も成長はとどまりません。創業以来50年間は顕微鏡の製作に専念していたカールツァイス社でしたが、やがて他の光学機器へと事業を広げていきました。
それでもツァイスの歴史は、やはり顕微鏡の歴史です。20世紀初頭の10年間は開発、発明、革新の面でセンセーショナルな話題にはこと欠きません。数え上げるだけでも膨大な量になってしまうため、ここでは基本的なところを押さえておくにとどめましょう。
1903年、アッベは健康上の理由で経営から身を引きました。それでもこの年、アッベは暗視野顕微鏡がついに伝統的な顕微鏡をしのぐところを目の当たりにすることができました。暗視野顕微鏡はヘンリー・ジーデントップとリチャード・ジーグモンディの発明で、普通の顕微鏡では見えないコロイド粒子を見えるようにした機械です。また1904年にはケーラーの紫外線顕微鏡(その後1913年の蛍光顕微鏡)の発明にも遭遇したのです。
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| 1904: Ultraviolet microscope |  |
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1905年1月14日、カール・ツァイスと共に顕微鏡史の始まりに絶対的な功績を残した人物、エルンスト・アッベは、ツァイス社全従業員の悲しむ中で永眠しました。
限外顕微鏡、紫外線顕微鏡そして蛍光顕微鏡は、この時代が発明の時代であったことを実感させてくれるものです。これら3種の顕微鏡は、3つの要望がベースとなって実現したのです。それは、観察可能な試料のサイズをより小さくする、生物を傷つけることなく観察する、そしてこのような試料のコントラストを高める方法を見つける、ということです。
1911年、ツァイスはケーラーの提唱していた顕微鏡対物レンズのパーフォーカライゼーションというアイデアを実現しました。この機能を組み込むと、焦点をいったん合わせておけば、対物レンズを交換してもずれません。
1920年、暗視野顕微鏡が導入されました。このレンズで2台の顕微鏡下に置いた2つの試料の観察を同時に行うことができるのです。
1924年、ルシャトリエ型大型金属顕微鏡用に無限遠補正対物レンズが発売されました。
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| 1924: Path of rays in a microscope |  |
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1931年、マックス・ノール、エルンスト・ルスカによって電子顕微鏡が開発されました。
1933年、ツァイス社は伝説的なLスタンドの導入し、顕微鏡デザインを一新しました。曲線を描くチューブアーム、傾斜をつけたビューイングヘッド、常に水平なステージ、低い位置に集めた制御つまみ。これらは操作の容易さでユーザーを魅了しました。
続いては写真顕微鏡です。
1934年にNeophoto、1937年にはUltraphotoが発売されました。
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| 1934: NEOPHOT, a large epi-microscope with camera |
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1938年、ツァイス社はまたもや世界初の製品を発売しました。長くて単調な実験の結果、ハンス・ベーゲンホルトは対物レンズ視野の平坦化に成功しました。これを製品化したのがプランアクロマートです。フリッツ・ゼルニケのアイデアから位相差顕微鏡の原型が作られたのは1936年のことです。
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| 1936: The L stand, prototype of a phase microscope |  |
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第二次世界大戦に入ると、顕微鏡開発は政府の命令により縮小を余儀なくされました。それでも顕微鏡開発部門では顕微鏡像の映画撮影装置を設計開発し、1943年に位相差顕微鏡を使って細胞分裂の映画撮影に成功しました。これは細胞研究に新時代を開く出来事です。
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| 1941: First photograph of a living cell nucleus |  |
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1900年からほぼ半世紀におよぶツァイスの活動を見てきました。多くの人が悲しんだアッベの死、飛躍的な技術的進歩、事業の成功と停滞。これらはすべて偉大な時代だったと言えるでしょう。
さて、次は戦争の劇的な終焉とその後です。まさにこれまでとは対照的な時代の到来です。
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