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ツァイス顕微鏡の歴史
ガラス
1881年1月4日、アッベはオットー・ショットに会いました。当時ショットは30歳前、1875年にイエナで博士号を取ったばかりの気鋭のガラス化学者でした。

Otto Schott (1851 - 1935)
Otto Schott (1851 - 1935)
アッベはショットに、特異な性質を持つ光学ガラスの開発を依頼しました。それから数か月後、彼の地元ヴィッテンで最初の溶融実験を実施しました。その翌年イエナに移り、彼のために建てられたガラス製造実験所(後のガラス工場:ショット・ゲノッセン)で研究を開始しました。

それから実験の日々は多くの労力・時間・資金を費やしました。しかし、成功はそんな苦労をもはるかに上回るものでした。1886年、ツァイスがまったく新しいタイプの顕微鏡対物レンズを市場に出した時、夢は現実となりました。そのレンズの名はアポクロマート。これは乾燥、水浸、均等液浸とさまざまなかたちで作られ、いわゆる補正接眼レンズと組み合わせることにより、光学設計を複雑にしないで視野全体から色収差をなくしています。この方式は開口の大きいアポクロマートにも使えます。

アッベの波動理論と正弦条件はもとより、現代の高性能光学機器はこの新しいガラスがもたらしていると言っても過言ではありません。
この間の事業内容はというと、ブレークスルーの年、1886年にツァイスは250人の従業員を雇い、1万台目の顕微鏡を出荷ました。

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